20201001
10月1日、例年ならば北野天満宮のずいき祭り巡行祭ですが、今年は巡行中止らしい。
10月1日、例年ならば北野天満宮のずいき祭り巡行祭ですが、今年は巡行中止らしい。
コロナ禍、祭りの行列がことごとく中止に追い込まれて、催事だけ関係者で行うという。
異常事態といえば世界中が翻弄されていて、現代社会でも疫病に負けるんだ、と認識。
もう長いこと生きてきたわ、と思ったらトランプさんと同い年、バイデンさんは年上。
日本の閣僚でも、みんな年寄ばかり、ふりかえって自分もまだ現役できるんだ、との思い。
若い人たちが活躍してるのを見ると、うらやましいかぎりですが。
これからも、残された時間、がんばってみようと思うところです。
20201023
木の枝を選定していると、直径10㎝ほどの鳥の巣がみつかりました。
木の枝を選定していると、直径10㎝ほどの鳥の巣がみつかりました。
巣をつくって、子供を育てて、巣立っていったあとですね。
前にも見つけたことがありました、今度が二度目です。
巣作りした鳥の名前はわかりませんが、なにかしら物語を感じます。
日々、過ぎるの早しで、もう10月23日、元気でいこうと思います。
20201024
花の写真を撮っていて、かれこれ15年になろうかと思います。
花の写真を撮っていて、かれこれ15年になろうかと思います。
デジタルカメラを使いだしたのが2004年のこと、自然風景に気持ちが傾いていた頃。
農塾へ参加したり、食も問題を知識として学習しだしたり、自然の方へ、でした。
花のなかでも、日本の固有種みたいな、そういう草花に興味を持ちました。
艶やかなイメージで、日本の美、というなら花に美をみつけよう、と思うのです。
音楽は少年の頃からとっても敏感に感じていたように思います。
中学に入り、ブラスバンドに惹かれて、入部して、クラリネットでした。
文学の初めは中学のころ、詩を読み、詩を書くことから始まりました。
高校三年頃には詩から散文に移行して、フィクションすることを目指します。
1960年代後半で、学生運動が目に見えて盛んなころでした。
写真を撮るようになるのは二十歳代の後半になってからです。
いま、音楽は聴くだけになっていますが、この10年来小説を書いています。
写真撮影は、2004年に再開して以来、今に至っています。
雑文が書いて、スナップフォトして、snsして、ネットで作品展開する日々。
いつまでも作る人として、現役でいたいと思っているところです。
20201028
京都は太秦に甲塚古墳があります。
京都は太秦に甲塚古墳があります。
地元の方が管理されているのだと思いますが、周辺が整理されています。
この古墳、神社の形式になっていて、石室へ入る横穴の前に鳥居があります。
今はまわりは住宅地ですが、古は野原だったんやろなぁと想像します。
天皇関係の墳墓は宮内庁の管理になっているのでわかりやすいです。
ここはだれが葬られているのか、この地方を支配していた豪族の墓ですが。
一昨日は文字さんと奈良、大神神社から山の辺の道を散策してきました。
今日は長澤さんと喫茶店で長時間、奈良は明日香、飛鳥の話題でした。
ぼくたちが、古代史にロマンを感じる年代になっているのですね。
ぼくは写真を撮るのが目的で、写真アルバムを作りたいと思っています。
文章は書けたとしても感想文レベルで、紀行文にはならないと思います。
元気なうちに、行けるところまで、行こうと思うところです。
20201031土曜日の朝です、10月末日です。
朝からホムペ京都に2014年の写真を追加しておりました。
FC2で作っていた京都はすでに削除していて、只今ひとつだけです。
京都に生まれ育った地場なので、ここで写真を撮ってまとめています。
ストレートなスナップ写真です。
さてさて自分のこの先をどうするか、身の振り方をどうするか、自分に問います。
来年には75歳、70歳になって新たな枠組みを提供したけれど、低迷しています。
数人のお友だち感覚で交流できる場でいいのかも知れないなぁ。
作品創りは、自分のペースで、創ったものはネット配信でいいかなぁ。
身のまわり持ち物をだいぶん整理しました、あと少し残っているところです。
11月になりました、はやいなぁ、というのが実感です。
今年はコロナの蔓延で外出規制がかかっていて思い出が少ないです。
なんだか、あっけなくここまで来ているなぁ、という実感です。
清凉寺の阿弥陀堂のなかで、正座して拝むと同時にぼくは写真に撮ります。
源融というお方が住まわれていたのがこの地といい、墓所もあります。
コロナ自粛のさなかにも、人混みを避けて、ここへ何度かきていました。
11月、月が替わって、見直す処は見直して、これから始めていこうと思います。
現代表現研究所、京都表現学校、プロジェクトをどうしていくのか、それの再編です。
これからもよろしくお願いいたします。
20201104
昨日は祝日で、ふたりで奈良、松柏美術館へ、上村松園、松篁、淳之展を観にいきました。
昨日は祝日で、ふたりで奈良、松柏美術館へ、上村松園、松篁、淳之展を観にいきました。
そのあと、かねてから行きたいと思っていた薬師寺へ、と赴きました。
文化の日、朝、テレビで上村淳之さんが勲章をもらわれたとかのニュースを見ました。
叙勲というんですね、上からの賜りもの、叙勲制度、なんとなく心の底で笑っちゃいます。
そんなこと言ったら叱られる、厳かな気持ちになって、生きる励みにしなくちゃいけません。
ひところ公務員をやっていた頃、将来、勲章をもらえる立場になってきて、笑っちゃったから。
いま、そのことを思い出していて、フリーになった今、もう来年には後期高齢者です。
健康保険証が送られてきたけど、有効は来年の誕生日の前日までとなっています。
ここまで人生してきて、思うこといろいろありますね。
でも、こうしてたわごと、戯言を、脈絡もなく書いている自分を、笑ってあげましょう。
20201107
今日は立冬とか、いよいよ寒い冬の季節が来ているんだなぁ、と思います。
今日は立冬とか、いよいよ寒い冬の季節が来ているんだなぁ、と思います。
アメリカの大統領選、なかなか混迷の様子が伝わってきます。
新型コロナウイルスの蔓延も、感染者、ますます増加しています。
日本学術会議の任命問題も、理由をハッキリ言えないから、ますます泥沼です。
ぼくのほうは、静観というか、眺めているだけですが、破綻なくやっています。
毎日、買い物についていって、食べ物の値段をみています。
生鮮食品は、その時々で値段が違うことがわかります。
でも、相対的に、加工食品、保存食品、ひと頃の倍近くに値上がりしています。
収入が増えないのに、物価があがるというのは、生活者にはつらいですね。
カメラの調子もよくないし、八方ふさがりな感じで、心、晴れないです。
20201108
くら寿司で4000円食事したら4000ポイントもらえるというので連れていってもらった。
くら寿司で4000円食事したら4000ポイントもらえるというので連れていってもらった。
お定まりの特上鰻丼を食べさせてもらって、それにAIマグロの寿司を食べました。
GoToいろいろ、みんな税金をうえからばらまいているだけど、行かにゃ損損、気分。
なにか狂っていると思うのは、ぼくだけかもしれないけけれど、何なの狂乱じゃない。
アメリカ大統領選挙の話題がトップニュースで、国内の重要議案はそれほど報道しない。
まあ、うがった見方をしていても、相手にされないから、従順を装って、待機です。
カメラ買おうかなぁ、十万円くらい、手ごろで最新式の奴、買おうかと迷っています。
機種選定していませんが、キャノン以外で、手ごろなのがないかなぁ、と思案中です。
このまえ修理に出したカメラが、ピントが思うように合わなくて、不安だからです。
人に相談しても、あれこれ言うばっかりで、核心には触れてこないので、どうしよう。
店頭で訊いても、贔屓の機種しか言わないから、自分で選択していくしか、ないなぁ。
高価なのは買えないから、十万円程度で、交換レンズなくてもよい機種、迷います。
20201111
ぼくらの世代は逃げ切り世代と言われているのかなぁ。
いわゆる団塊世代で年齢的には70歳を越えた男女の群でしょうか。
そのぼくらに言わせれば、その前の世代は、水膨れして、財を成した世代。
貯金は10年で二倍になり、20年で四倍になった世代、そういう世代でした。
ぼくらの世代は、あと死んでいくだけだし、医療に金かけてもらっているし。
でもいま現役で生きてる人たちは、貧困の時代に生きている、ということか。
ベートーベン生誕250年というので、ベートーベン特集が組まれていますね。
ぼくはベートーベン音楽のフアンで、クラシック音楽、ベートーベンに戻ってきます。
交響曲は第九、また、また、年末には聴くことになります。
そういういま、これ、第六番、田園がかかっています、聴いています。
音楽のない生活というのは、考えられないなぁ、鑑賞者にすぎないけれど。
ぼくはあと10年、写真と文章、ちまちまと現役を続けられたら本望ですが。
20201114
紅葉の時期に青葉の写真を撮りました。
紅葉の時期に青葉の写真を撮りました。
久しぶり、京都府立植物園へ行ってみました。
敬老パスで入園は無料なのですが、あまり行かないですね。
整備されていて、整理されていて、まとまりすぎているからかも。
最近の自分の傾向は、もっと自然な、自然風景が、好きな方向です。
でも本当は、もっと内面ドロドロした情念みたいなのが、好きです。
街中で写真を撮ろうと思って、うろうろしはじめました。
洛中洛外という区分けがあるんですが、洛中で撮ろうと思っています。
ここ数年は洛外ばかりで、古典ばかりで、いにしえを探していた感じ。
市中にはいって、生活感、というより、変わりゆく市中、街、かなぁ。
ここ数年は神社仏閣を中心にしていたけれど、市中、街風景にトライです。
発表媒体のホームページを、どう構成していこうかと、考えているところです。
20201115
撮った写真をフォトで加工するんですけど、思うように明るい写真にならない。
撮った写真をフォトで加工するんですけど、思うように明るい写真にならない。
そりゃ、撮るときに照明とかレフとかしなくて自然のままだから、というのもある。
フォトショップとか使えば、それなりの処理ができるとは思うけど、しません。
フォトで加工して、ブログなんかにアップすると、暗めな写真になります。
もっとキラキラにできないかなぁ、と思って研究したらいいけど、じゃまくさい。
手わざについては不器用なほうで、発想も奇想天外なことできないノーマル派です。
秋になって、京都の市内で、写真を撮ろうと思って、出かけています。
昨日は、島原、遊郭あとですが、探し探して辿り着きました。
スマホのマップをひらけて、場所を確認しながら、歩きました。
写真を250コマほど撮りました、だけどまだ未処理です。
西陣京極、島原、それから次は、明日からですが、どこ行こ、です。
でんもな、やっぱり、表面しか撮れないから、すぐ飽きるんやろな。
20201116
四条大宮の交差点、北西角の光景です。
四条大宮の交差点、北西角の光景です。
街の光景を撮りだして、まだ数回しか取材に入っていません。
記憶の場所を眺めていて、おぼろげながら昔の風景が思い出されます。
京都には高層ビルがないから、町全体がフラットな感じです。
一歩路地に入ると新旧入り混じった町並みです。
記憶の街、ここは地上ですが、地下に阪急電車の終点、ここ四条大宮でした。
西行きの四条通りにはトロリーバスが運行されていました。
京福電車の嵐山行き、ここが起点で、これは現在も変わっていません。
正面のビルには、写真の現像所があって、プロ仕様ということで発注していました。
天一という食堂があって、ラーメンが美味しいというので食べさせもらいました。
20201118
マイナンバーカードの交付をうけました。
マイナンバーカードの交付をうけました。
申請してからひと月ぐらいかかったのか、区役所へもらいに行きました。
マイナンバーポイントがもらえるというので、申請しないといけない。
auペイを使いだしたので、ここに入れてもらおうと思っています。
auの店へいって、そのやりかたを、教えてもらわないといけないなぁ。
自分で、自分のことを、時代に乗り遅れているなぁ、と思っています。
スマホを使いこなして、支払いをするなんて、気が乗らない、できない。
それでもバーコードを表示するところまで、できるようになりましたよ。
スマホも買い替えないといけない時期にきている、そのことも含めてです。
auの店で、親切にしてくれる人に巡り合えば、買い替えるかなぁ。
20201121
久々に外食でおうどんを食べました。
久々に外食でおうどんを食べました。
おうどんと親子丼のセット定食でしたけど、美味しかったです。
毎日のお昼ごはん、ぼくは、おうちおうどんをつくって食べます。
もとからおうどんは家で食べるもんとしていて、外食はコメのごはんです。
それに最近はめっきり個人営業の和風のお店で、食べることが減りました。
外食チエーン店がいっぱいで、個人営業のお店は、どんどん減っていますね。
日本のというか世界の食環境が、昔とは変わっていますね。
アグリビジネス、ファーストフード、レトルトフード、食の大量生産です。
これでいいのかと問われれば、これでいいわけがないと思っています。
でも、もう、反対するとしても無駄な抵抗でしかないなぁ、と思う。
なにもかも、無駄な抵抗やなぁ、とあきらめの境地、淋しけれど、です。
ただ、心が病まないように、そういう世の中にしないといけない、とは思います。
20201122
穏やかな日、連休の真ん中、市中へ出たけど、人がいっぱいでした。
穏やかな日、連休の真ん中、市中へ出たけど、人がいっぱいでした。
コロナの感染者が増大しているというので、皆、マスクしています。
ぼくもマスクしているけど、息がしにくいですね。
いつまで続くのか、思うだけで気が重くなるけど、へんな時代です。
人が集まることが憚られるから、人と会う機会が少なくなりました。
毎日、退屈してぃるわけではありません。
やりたいこと、いっぱいあって、どこから手をつけようかと迷います。
緊急にしなければならないことではないから、気持ちの赴くままですね。
論が書けない、たわいもないことばかりで、お茶を濁しています。
でも、こうして、文章を書いていると、落ち着くんですよ。
20201126
かって日本には三島由紀夫という小説家がおりました。
かって日本には三島由紀夫という小説家がおりました。
行動派の作家・小説家で、問題作、話題作を次々と生み出した小説家でした。
ぼくが学生だったころは、思想的には遠い存在のように考えていました。
どちらかといえばぼくは左派、三島は右派、という感じでした。
50年前に三島の人生は劇的におわってしまったのですが、ぼくには残ります。
思想の中にとどまっておれば、彼の思想は現代に通じる思想となったと思う。
最近の日本の自衛隊をめぐる議論に、国軍とする議論があるように思う。
だけど1970年当時は、左翼運動が盛んで、全学連運動の真っ只中でした。
20201129
源融、河原院の跡だという場所、源氏物語の六条院という場所がありました。
源融、河原院の跡だという場所、源氏物語の六条院という場所がありました。
五条楽園の北からの入り口あたりになるのでしょうか、発見して驚きました。
由緒ある場所ではないか、このことと後の遊郭との繋がりに、想像がはたらきます。
源融は嵯峨天皇の子供にあたり、嵯峨の清凉寺を住まいとしたけど、そこは別荘です。
河原院のここ、鴨川の縁ですが、おおきな邸宅だったらしいです。
五条楽園は史跡になっているみたいで、菊浜地域の地図がありました。
まだ建物がいくつか残っていて、ちらほら見学している人に出会いました。
ぼく自身も見学している人にすぎない、通りがかりの者です。
人が生きた場所、男と女が織りなす情の世界が、この界隈にもあったわけです。
歴史をみるとき、権力者の歴史ではなくて、庶民史、この視点が大切だと思っています。