夢幻舞台2015 夢幻舞台-17- ![]() 2015.9.1 お恥ずかしいながら、仏の世界を知りたいと思っています。 この歳になって、あっちの世界のことに興味を持ったのでしょう。 掲載した仏像は、釈迦如来、という仏像だと思っているんですが。 そもそも、如来、ということが示す意味を知らなかったのです。 日本文芸社から出版の「仏像の世界」という本を見てるんですが。 如来とは、真理の世界から来た者という意味だと書いてあります。 それから、悟りを開いた者を示す、とも書いてあります。 本来は、釈迦如来を指している、と書かれています。 こんな区別も知らないまま、いままで仏像を見て来たから。 この子の奥を知るためにも、仏像の奥を知りたいと思ったのです。 写真に撮ってあるのは、大徳寺法堂の大きな仏像さまです。 -18- ![]() 2015.9.2 ここ数年、仏教美術に触れることが多いです。 龍谷ミュージアムの企画展とか招待券でいくことが多いです。 若いうちは聖書の世界で、キリストの周辺を探索していました。 小説とか絵画とか、読んで、見て、自分を形成してきたわけですが。 近代日本の底流を、教育の中で、そのように受けた影響でしょうか。 さて、もう二年前になりますが、奈良は明日香の飛鳥寺へいきました。 写真を撮らせていただいたので、その写真を探して、載せましたが。 本尊釈迦如来、丈六(480cm)の高さだと記してあります。 飛鳥寺(願興寺)は、日本では初めての本格的寺院だと記されています。 お釈迦さん、おお、如来さん、そのままにしておりました。 釈迦三尊、釈迦如来さんが真ん中で、左に文殊菩薩、右に普賢菩薩が従う。 釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、三人の如来さんがおられる? それぞれの両脇に従者として、菩薩さんがいらっしゃるみたいですね。 それでこの子はどこにいる天上の子なんでしょうか、想像してみます。 -19- ![]() 2015.9.2 もう半世紀も前になるか、能登の外海をてくてくと歩きました。 高校を卒業するまえに、彼女と会うために金沢へいったあとです。 もう3月だったと思いますが、荒海、冷たい風が吹きつけました。 どんなカメラを持っていたのか、35oのフィルムカメラ、カラー。 このとき撮った写真のなかの、風景、海風景、能登巌門あたりでしょうか。 どうして、いま、この写真なのか、といえば、この子の出身地のようだから。 手がかりは、この子のことばによって、このあたりで生まれたようです。 海辺なのか山の中なのかそれは目下不明だけれど、祖父は漁師だったという。 何かの縁、この子のことばの痕跡を辿ってみたい気持ちになるのです。 同行二人という、もう一人の人、とでもいうようにも、思えるのです。 -20- ![]() 剣道と弓道をやっていたという話を聞いて思ったイメージがこれ。 真弓の実、2007年1月、自宅前で撮った真弓の実です。 写真アルバム<京都風土記>冒頭の一枚がこれです。 恋する、もうこんな気持ちになることなんてないと思っていました。 それは突然に、あたかも必然的にやってきました。 あのとき、なにから、そのように、させられてしまったのでしょうか。 この子に話しかけて、まるで少女のような、無垢さを感じたようです。 わたくしは、こころを軽く引っ掻かれた感じでした。 それからというもの、この子のことが気になりはじめてしまったのです。 このような気持ちになるのは、十数年ぶりのこと、苦い記憶の再来です。 どうしたことかと迷いながら、少しずつ深みにはまっていく気持ちでした。 これは恋心です。 まるで少年のような、淡い恋心、片思いの恋心、そう思います。 -21- ![]() 2015.9.20 秋のお彼岸入り、あれから一週間が経ちました。 気持ちを落ち着けて、いつ終わってもいいように心の準備。 煩悩、ぼんのう、迷いの心、欲望の心、等々、それらの総称でしょうか。 どうしようもない恋なのだから、気持ちを薄めていくしかないでしょう。 写真は18歳の自分、能登のどこかで三脚立てて撮った? 一人旅で金沢を出発して一日目は輪島に宿をとりました。 輪島の町、凍てつく道を歩いて旅館を探しました。 旅館では、仲居さんに給仕してもらいながら、京都のことを訪ねられた。 あのとき、その仲居さんは、男のぼくを求めていたのかも知れない、と後で思った。 そんな記憶がよみがえってきます。 平常心を取り戻そうと思うが、未練が残ります。 しばらく写真を撮らない、撮れないでいます。 新しい次の被写体を探すまでと思っていますが・・・・。 着信メールを見ます、来るかも知れないと思いつつ、来ないに決まってるのに。 いま、どこで、なにをしているのか、知りたい。 ぼくが撮った以外の写真を見ました。 笑顔でピースしてる姿が、写っていました。 -22- ![]() メールを送るとき、返事が返ってこないかも知れない、と思う。 あやうい関係とはいっても、なにもやましいことはありませんが。 気になる人へのメールだから、よけいに返ってこないのでは、と思う。 返ってくると、とってもうれしい。 つながっている、と思うだけで、安心して、ホッとします。 いつかは、終わるときがくる、そう思うと、とっても辛い気持ちになります。 メールの相手は、そんなことお構いなしで、なんとも思っていないんでしょ。 だから、迷う、送るべきか止すべきか、それが問題なのです。 気持ちの起伏によって、その判断をしている、自制できたりできなかったり。 これは完全に秘密のことだと言いながら、ここに記しています。 プラトニックラブ、片思いの、恋する気持ちを、言葉にしてみました。 -23- ![]() 2015.9.28 現世、この世の中のうごきはめまぐるしいです。 ちっとものんびりできないじゃないですか。 世の中の動きにリンクする自分がいます。 とかくこの世は住みにくい、なんて漱石さんですね。 じゃぁ、あの世なら住みやすいのかというと・・・・。 大八木さんは86才になるといいます。 海軍の少年兵になったところで終戦だったと聞いた。 いつぞや、その姿の写真を見る機会がありました。 昨日、この大八木さんと会いました。 写真を撮っておられて、セレクトさせてもらいました。 ぼくがカメラを持った頃、いろいろ写真のことを教わりました。 それから何十年が経ったというのでしょうか。 諸先輩たちが物故者となられていくなかです。 大八木さんには感謝の気持ちでいっぱいです。 -24- ![]() 2015.9.29 浪漫派と自然派について、考えているところです。 -25- ![]() 2015.10.1 このまえから、スマホを使いだしました。 iphone6、使いだしたのも何かの縁です。 LINEでつながろうと思うと、スマホが必要でした。 使い方の基本のところは教わりました。 でも、使いきれるのかどうかは、お相手次第です。 中一になるJC孫がスマホをしていました。 なにしてる、ゲームしてるん?と聞くとラインと応えました。 ゲームより、面白いんやと思います。 つまり、孤独ではない、ひととつながっている、その感覚か。 プライベートツールとしてのスマホ&LINEということか。 新しい世界へ、チャレンジするけど、なにかしら空しい、です。 -26- 2015.10.2 屈折点という折れ曲がり点があるとすれば、それが今かも知れない。 成熟させようとして、準備して、これから、というところでした。 ひとりよがりなわけで、ここでそのことを、そうだと思っての区切り。 せつない、喪失感を味わっているけど、時間が解決してくれるだろう。 といいながらも、未練が残っていて、どこまで平常心でいられるか。 時の流れに身をまかす。 そのうち気持も落ち着いてくるだろう。 -27- 2015.10.5 このような感覚を喪失感というのでしょうか。 半分を失ってしまってバランスを崩してしまった心のなか。 自分のまわりが、他者としてあるなかで、そのバリヤーを越えてきたひと。 家族は特別に身近な関係だけど、そうではないひとが身近に来る。 来てしまって、そのひとのことを想う、こころが動く、情動する。 恋する、という気持ち、こころがそのひとへ傾斜してしまっている。 自分の中での特別な存在になってしまったひと、それは女性です。 どうしようもならない、そのひとの笑顔が思い浮かぶ。 会いたいと思う、語り合いたいと思う、手ぐらい握りたい。 そんな気持ちがふつふつと湧いてきます。 耐えるしかない、失うことへの恐怖のようなもの、いずれ来る。 -28- ![]() 2015.10.9 LINEでメッセージが届きました。 もう来ないかもしれないと思っていたのに来た! 内心、小躍りして喜んだ。 不安が払拭されて、ひとまず、こころ安らかです。 この安心感というか、支えられた器のなかにいるというか。 ひとまず、ひとまず、つながっているという安心感です。 -29 2015.10.10 LINEで送ったのに、返事が来ない。 待っているのに、来ないのは、虚しい。 虚しい気持ちと、嬉しい気持ちが交錯します。 今夜中に返事が来たら、嬉しいですけど。 -30- 2015.10.12 雪のときに生まれたから美雪、お姉さんは美里、と聞いた。 海辺の家で、海を見て育ったが、水泳は苦手、と聞いた。 シュルレアリズム宣言、手元に届ける。 ぼくの昔の文章などを見せる。 三冊の本、まずたしからしさの世界をすてろ、 写真よさようなら、来たるべき言葉のために、三冊の本。 ただし今の時代ではなくて、もう過去の時代だと説明する。 出産の場面がとられた写真を見せる。 映画はよく見るという。 好きだという探しのイメージ本は見つからなかった。 そのひとは、なにを想い、なにを感じているのだろう。 物思いにふける、なにか問うような、表情をみせる。 向きあう心が、向きあっているのだろうか。 そのひとのうちがわがわからない。 返信がない。 -31- ![]() 2015.10.13 おわりだな、と思う。 いずれ終わりが来るのだから、と思おう。 気弱な、消滅しそうな、自分がいる。 隠れたいけど、隠れようがない。 そんな気持ちです。 -32- 2015.10.14 ずしんと沈みきった気持ちを浮上させるには、どうしたらいいのか。 方法もわからないまま、ただただ耐えている。 時間が経てば解決するとは思うけれど。 もう顔をあわせてはいけない、顔をあわすと元にもどる。 喪失する経験は初めてではないけれど、辛い。 -33- 2015.10.16 うつうつ、ことばがでない。 ベートーベンの交響曲1番を鳴らしています。 もう、おわる、おえる、おしまい、それがむなしい。 ぐっと沈む気持ちを支えています。 ちらほらと面影が浮かんでは消える。 スマホの中の画像が、記憶を呼び起こす。 これ、未練、というやつだ。 どうしようか。 やっぱり、いる場所へは、いったらあかん。 こっけいな自分がみじめだ。 -34- ![]() 2015.10.17 朝、おそるおそるLINEで送信してみた。 数分後に返信があった。 おこっていない、ということで安心の気持ち。 でも、きょうは図書館へは行かない。 明日も行かない。 来週以降、どうするかはわからない。 いずれにしても、顔をあわすのが、嬉しくて辛い。 ごくふつうの気持ちで、会話できればよいわけだが。 -35- 2015.10.18 朝、LINEに書き込みをしたら、10分後に返ってきた。 図書館へは行かない、行くと顔を合わすことになる。 顔をあわせるのが辛い、ぼくは動転してしまう。 なんか退き気味だけど、これがただいま最良だとの自意識。 植物園に来ています、とLINEに書き込みました。 写真を添付し、未練がましく、みじめな気分ですが。 このつぎ、どうするか、わからない。 -36- 2015.10.19 揺れ動いています。 早朝に目を覚まして、思い詰めてる夢の中。 目をあけ、まわりを見て、現実を知る。 ポーランドはショパンの国らしい、とは村松さんの旅行記。 ポーランドへ旅行したいと言っていた美雪。 そのときの顔が浮かんできます。 LINEが既読になっていました。 書き込みは、ありませんでした。 ぼくのひとり芝居、内面の劇、いまここに現わしている。 16才、高校一年生、なんだったんだろ、思い出します。 鳴滝、帷子ノ辻、うどん店、とおいイメージです。 変わってないや、人間の心なんて、変らない。 ベートーベン、今日は2番から聴きだしています。 -37- 2015.10.20 それは喪失感と呼べばよい感覚、感情、です。 大切なものを失う。 そのときに宿る感情、気持ち、感覚、です。 まだ失ったわけではないし、そのまま存在しています。 なのに、どうしてなのか、絡みついてしまったからですね。 心に絡みつき、深くを傷つけられてしまった重み。 失いたくない、求めているもの、それが無くなる。 その一連の出来事が、心をそうさせるのでしょう。 一喜一憂、宙ぶらりん感覚、それが心を戦慄させるのです。 -38- 2015.10.21 気分にむらがあります。 ぐっと落ち込むとき、何でもないとき。 恢復途中だとおもうけど、まだまだ。 弟が来る、仏壇に、それからビッグボーイで昼食。 府立文化芸術会館で光影会が展覧会をしている。 アイフォンから写真をネットへつなぐ。 ニコンのフォト蔵にアップしてアルバムをつくる。 脳裏にちらつくこの子のイメージが払拭できない。 そのために気持ちが落ち込むのです。 -39- ![]() 2015.10.23 LINEがつながりました。 また会えることになりました。 気持が、安定しています。 ドキドキ、夢のような感覚です。 -40- 2015.10.25 終わりになったとおもうのがいいとおもう。 お道化はやめにしていこうとおもう。 気持のうえではまだせいりできていません。 でも淡々としたきぶんになっています。 時折、ぐぐっとくる凹み気分は、そのうち消える。 おわった、そうおもうのがいいとおもう。 -41- ![]() 2015.10.26 おわりましたね。 もうおわったのです。 気持の中には、まだ未練があります。 でも、時間の流れの起伏の中で、終わりを感じます。 あれも、これも、みんな水に流れていくだけです。 たんたんと、関係とは関係のない話をして、お別れ。 それで、いいのだと、思います。 また、メールしてもいいですか。 メールお返しできるかなぁ。 もう、メール、しないでおければ、しないでおこう。 -42- 2015.10.28 終わり、終わる、そう思うと虚しいです。 際限なく、気持ちが落ち込みます。 耐えられると思うけど、虚しいです。 思い出だけが通り過ぎていきます。
まだ過去にならない思い出ですが、辛い。 -43- 2015.10.31 朝から、キャノンのアルバムを編集していました。 手先は、パソコン、アルバム、と作業を続けているけど。 頭の中は、いろいろなイメージが交錯します。 それに断定的な、迷い的な、言葉がつぶやかれます。 もう、おわる、と思うと一抹の空しさが込みあがります。 今日、明日、顔をあわせることになるけど、どうしよう。 会いたい、会いたくない、話がしたい、怖い・・・・。 まるで16才の少年のように、気持ちが揺れ動きます。 でも、もう、おわりですよ。 |