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最新更新日 2022.2.6
ゆめにっき
中川繁夫:著

 ウエブリブログに連載の文章

ゆめにっき-3-



20211110
香箱カニはメス、解禁になって近江町の魚屋の店先に、積まれていました。
旬のもんだから、訳ありの甲箱カニをひとつ買って、食べました。
なにしろ高い、高値です。
甲箱カニで安いのは800円ほどから、高いのは3000円、びっくりです。
高価な食べ物になった、特に、メスカニ、コッペとも言ったり、甲箱カニです。
ぼくの頭の中は巫女さんのお姿ばかりが浮かんでは消えていきます。
まだまだ過去にはなっていなくて、淋しい感情は少し薄らいだところです。
恋する、恋してる、なにに恋してるんやろ、恋してる。
もう、会えない、たぶん、会えないと思う。
そう思うと、ますます、会いたくなってきます。


柿がたわわに実って収穫の時期、11月です。
田舎の家、其処には住んでいなくて、別荘として使っています。
ひと頃は、銀杏、胡桃、栗、それに柿が収穫できて、満足しておりました。
人様の所有地で採取するのではなくて、自分が所有の土地にて採取です。
建築した当時は、老後には、其処に住むつもりをしていました。
その場所は、夢の場所、心身ともにとっても充実した場所でした。
セックス三昧、食べたいもの腹いっぱい、身も心もめいっぱい充実でした。
体力が衰え、セックスができなくなり、食べ物も粗食になってきました。
性欲がまったく無くなったかといえば、決してそうではないんだけれどです。
でも生きる愉しみが、なくなってきて、どうしたものかと、思うところです。


旧友長澤氏と朝ミーティングして、午後に六角堂の池坊展へいきました。
池坊の建物に入るのは初めて、全館つかって生け花の展覧会をしていました。
聖徳太子1400年記念で「和と美」展が開催されていて、見学しました。
ああ、懐かしい、六曜社へ行こうと行ったのはぼくで、三条河原町まで歩きました。
もう、はるか昔、半世紀もまえに、この喫茶店へはよく来ていました。
東松照明さんと初対面したのが、この六曜社でした。
1982年の正月でした、彼が京都取材に入るというので、連絡があったのです。
会う場所を、三条河原町の六曜社にして、東松さんは革ジャンでした。
びっくりしたのが鮮明によみがえります、写真の神さま的存在だった東松照明。
そこから3年ほど、彼と一緒に取材し、食事して、よもやまの話しをいただきました。
もう昔のことだから、思いだすだけでいいことだけど、ここに書いておきます
どうして、ぼくのところに電話がきたのか、東松さんから理由は聞いていません。
カメラマン最前線、釜ヶ崎で写真展をやった、このパワーを彼が注目したようです。
フォトハウスにつながるし、東京の写真家にもつながって、関西のターニングポイント。
そういう時期だったと、いま、ぼくは、解釈しています。


高校生のときに知りあって、それから60年が過ぎたいまも会って話する友達。
昨日、喫茶店でモーニングしながら、いろいろと話題を変えながら、会話しました。
彼が唯一というように、ぼくも唯一、難しい話しもできる友達です。
彼は、エリートだ、ぼくなんかと違って、エリート社員で、活躍してきたと思います。
新聞学科を出て新聞記者になって、大手新聞社の支局長が最後の立場だと聞いています。
その間、何十年間は音沙汰無しできて、退職したころ再会し、それから十数年目です。
彼も友だちでいられることを喜んでくれてるし、ぼくもよろこんでいます。
あと、一年後輩の彼は中学生のときの先輩後輩関係で、5年前に再会しています。
その昔からの知り合いで、交友があるのは、このお二人だけです。
おたがい、自分の足で歩ける間は、会って、話しをしていこうと、約束をしています。
肩書なんぼ立派に見える肩書持ちでも、一人の個人に戻せば、その人格だけです。
ぼくにも肩書といえば、いくつかの肩書がありました、でもそれは肩書にすぎません。
人格、ぼく自身が、どれだけの人格者かと問えば、自分ではわからないですね。
音楽家になりたいとか、小説家になりたいとか、思ったけれど、挫折しています。
ひと頃にはごう慢さもあったけれど、いまは、とってもフラットな気持ちです。



20211114
ラジオでは流行歌、けっこう昔の流行歌が流れてきています。
男と女のことが物語になる歌詞の流行歌が多いですね。
胸がキュンとなってきます、恋の記憶がよみがえってくるからです。
どないしてるん、なにしてるん、きょうは日曜日だよ。
会いたい、とっても、会いたい、胸が潰れるほどに会いたい。
それまでなら、今日は会える日だったのに、もう会えない。
深追いはやめようと思っています。
成り行きは、このまま消滅していく、記憶の中にだけ残る。
当分この辛さは残る、蘇ってくる、耐えるしかありませんね。
でも、やっぱり、会いたい。


薬が効いてきたのか夜中の目覚めが2回ほどになりました。
昨日からです、今朝も2回だったので、これで落ち着くのかなぁ。
もう、自由の身だから、あくせくすることもないのですけど。
自分で、年寄になったなぁと、つくづく実感してしまいます。
身体としては、健全な部類だと思っていますが、何処でどうなるやら。
今年も残すところ一か月半、思うまでもなく、はやいなぁ、と思います。
コロナ禍ということもあって、人が集まる処へは、あまり出かけませんでした。
ぼくがやってる研究会へ参加してくれるかと思う気持ちもあって、出かけていました。
でも、正直なところ、来てほしい人が来てくれなくて、ダメージ大きいです。
もう欲張るのはやめにして、淡々と、過ごしていければ、いいことにしよう。


久しぶりに朝5時、パソコンの前に座っています。
きょうの最初は、このゆめにっきを書くことに、痕跡を残しています。
載せる写真を、あれこれと迷って、田舎の家の山茶花の花を選びました。
こころさみしい気持ちは、中途半端な自分への、なんなんやろなぁ。
巫女さまのお顔が浮かびます、会いたい、会いたい、こころ焦がれます。
ラジオをかけています。
外は未だ真っ暗、聴きなれたラジオの音、雑音ではないです。
きのうは、贈与のことで、手続きにはいってもらうことで、面談に行きました。
複雑な気持ちです、生きてる、相続する、生きている、家族がいます。
長い人生でした、まだ、あと、残りがどれだけあるのか、わからないけれど。
健康を害したのは、恋わずらいだったのかも知れません。
少しづつ遠のいていって、ようやく治ってきたようにも思えます。
いいえ、終わったわけではありません、少し遠のいただけです。
だって、まだ100日も経ってないんですがら、ゆらゆら揺らめいています。
掃除して、洗濯して、元気になってきたように思っています。


薬が効いてきたのか、夜中の目覚めが少なくなりました。
昨夜は2回、ひどいときは1時間ごとに目覚めていたから、改善です。
朝の目覚めが気分いい、でも、油断大敵、また戻らないようにしなくちゃ。
恋わずらいだったのかもしれません、失恋のショックで健康を害した。
でも、気持ちが持ち治ってきて、少しずつ遠ざかっていくのですから。
でも、思いだすこといっぱいあります。
一日の大半の時間を、頭の中、巫女さまのことばかりでした。
少しづつ、その時間が少なくなって、別のことを思えるようになりました。
ぼくの人生、このことの繰り返しやなぁ、小学生の頃からですね。
もう、人生、ここまで来ているから、おしまいです。


20211118
昨夜から今朝は、夜中の目覚めが一回だけでした。
とってもラッキーな気持ちです。
体重が、下げ止まり、ここ数日、増減を繰り返しています。
体調、健康、だいぶん持ち直している感じです。
今日は、文字さんと会って、トンカツ食べて、展覧会へいきます。
こころの寂しさは、幼少の頃から愛情を求めすぎたのが続いている感じ。
巡礼には出るつもりはないのだけれど、一人で行くけど同行者を求めます。
ぼくには同行者がいるのに、いつも他の同行者を求めている感じです。
優しさ、永遠の理解者、死ぬときに共にいられる同行者、孤独でないこと。
もっとエロ爺さんになるかと思っていたけれど、ここしばらくエロはなしです。


とっても淋しい、虚しい気持ちに襲われています。
寒さに向かっていくせいかもしれない。
もう終わっていく作業、贈与の件、なにかとうるさい。
順調に、これからのことを考えて、いい方にもっていきたい。
あんまり、悩まさないでほしいと思っています。
はやしのトンカツ定食、昨日、文字さんとお昼をしました。
そこから龍谷ミュージアムへいき、展示をみて、お茶にしました。
トンカツは久しぶり、いつも文字さんといっしょに、お店にはいります。
東山の方向は、巫女さまのいらっしゃる方向なので、思いだします。
やっぱりまだ終わってない、終わってはいませんから。


なんか、うちがわから、崩れていきそうな気持です。
家族、親子、いちばん親密な、特別な関係なのに、そこでもめる。
どうしようもないんですが、どうしようかと思う。
これまでのことは、家族の外でのことだったけれど、内側の家族なかです。
いちばん信頼しないといけないのに、これが崩れる感じだから、辛い。
ここまで生きて来て、終活していて、その最後のところです。
家族に対する気持ちは、独特なもの、感情も含め、独特なものです。
それ以外のところでの関係は、切ったり切られたり、です。
家族は、そういうわけにはいかなくて、切りようがないんです。
いま、動転していて、なにも手がつけられない気持ちです。


日曜日の朝です、といってもいつも日曜日みたいな、仕事してない自分です。
働いているときは、日曜日というと、休み気分で、自由になった感覚でしたね。
週休一日、一日8時間、週48時間、働き始めた頃は、週休二日なんて夢の夢でした。
労働者って感じで労働三法に保護されていた環境から、管理職になったのが42歳でした。
それ以来、もう労働者という感覚も消え失せて、いまはフリーです。
銭湯のはなしをしてますね、ぼくらの時代、みんな銭湯通いでした。
自宅にお風呂をつくって、銭湯へいかなくなって、最近は日帰り温泉です。
お風呂にはいるのは毎日、いつの間にか毎日が習慣になりました。
銭湯の頃は、毎日ではなくて、二日に一回とか、子供が男湯と女湯を行ったり来たり。
りんご追分、ラジオから流れてきています、ひばりさんの歌ですね、懐かしい。


体調崩して以来、ダイエットに励んでいるところです。
思うほどに体重が減らないのは、まだ食べすぎているのかも知れません。
お米のごはんの量を少なくして、脂っこいのは食べないようにして、淡白で。
目標としては、あと5キロ痩せたい、コレステロール値を基準以内に下げたい。
身体を動かすのが、軽く感じるようになりたい、です。
身体のことと同時に、心のことも、気分を良くしたい。
若いころから悲観的になる傾向だと思うので、もっと楽観的になりたい。
思い悩んでもどうしようもないのに、ついつい思い悩んで落ち込んでしまう。
医者に診てもらっているわけではないから、自己診断でしかないけれど、です。
ちょっと元気が出てきて、えろす再開な感じです、自分としてはうれしいです。


ゆめのなか、むかし、風俗草紙という名の月刊雑誌がありました。
これは資料です、ぼくが幼少のころに発刊されたと思うものです。
風俗草紙という雑誌も、見たことがあります。
隠れて見ていたわけではありませんが、絵とか文章とか、読みました。
バックナンバーがネットに収められていて、見て、読むことができます。
身内が相続や贈与で、もめるのは悲しいことです。
そんなことはない、と思っていたのが現実になってきて、悲しいです。
そういえば、身内こそ、縁を切るに切れないけれど、仲良くしたいです。
悲しいことは、もう、あっちの方へ退けて、楽しいことを考えたいです。
もう、そこそこ年寄になっているので、楽しいことがしたいです。


ゆめのなか、むかし、風俗草紙という名の月刊雑誌がありました。
これは資料です、ぼくが幼少のころに発刊されたと思うものです。
風俗草紙という雑誌も、見たことがあります。
隠れて見ていたわけではありませんが、絵とか文章とか、読みました。
バックナンバーがネットに収められていて、見て、読むことができます。
身内が相続や贈与で、もめるのは悲しいことです。
そんなことはない、と思っていたのが現実になってきて、悲しいです。
そういえば、身内こそ、縁を切るに切れないけれど、仲良くしたいです。
悲しいことは、もう、あっちの方へ退けて、楽しいことを考えたいです。
もう、そこそこ年寄になっているので、楽しいことがしたいです。


ここを開いたまではいいけれど、何を書こうかと思案にくれます。
思案にくれる、といえばシアンクレールという名のジャズ喫茶がありました。
河原町荒神口の北東角にあったモダンジャズを聴かせるスポットでした。
ぼくはクラシック派だったから、そこに入り浸ったというほどではありません。
でも、強烈なビートが効いたモダンジャズ、薄暗い店内、たばこの煙モウモウです。
立命館が広小路にあった頃のはなし、1968年の記憶です。
三年遅れで大学生になったぼくは、遅れてきた青年、を意識していました。
後輩だった女子が先輩になっていて、同士が来たみたいな感じで受け入れてもらった。
でも学友会、自治会の意向に反した方へいってしまったので、嫌がらせされる羽目に。
そういう時代でしたね、もう5半世紀もまえの記憶です。


20211128
まるで夢のような話なんだけど、京都の東山界隈、ひとが群れています。
観光で来ているんでしょう、観光スポット、混みあっています。
コロナがおわって、気持ちも浮かれ立って、明るい場所、暗い場所、ひとひとです。
何してるんやろ、こんな人がいっぱいの処へ、カメラを持って、何してるん。
カメラは覗き見を助長してきます、ファインダーを覗くと、シャッター切りたくなる。
巫女さまのお顔が、もう遠のいていきます。
夏のさなかにお会いして、かれこれ100日近くになります。
だんだんと、遠のいていくのを、望んでいるのに、虚しい気持ちです。
もう、お会いできない、そう思うと、あらためて哀しみがこみあげます。
空中分解といえばいいか、フライとしはじめたところで墜落ですから。


20211201
サンマを焼いてもらって食べました。
今年は、値段が高くて、買って食べるのにためらいます。
只今、小売店、一匹200円ほどで出回っています。
ひと頃では、一匹100円ほどでしたからおよそ倍の値段です。
そういえば食料品の値段が、どんどんと値あがっています。
あまり食べ物には贅沢しないほうですが、美味しいもんを食べたい。
性欲は減退しても、食欲はまだまだあります。
といっても生活防衛、なるべく割引になったものを買い求めます。
あさはかなことですが、二割より三割、半額なら嬉しくて買います。
収入が増えなくて、支出が増えるので、大変、大変、家計は大変です。


このブログで、新しく小説を書こうと思って、その名は「えろす物語」です。
書き出したはいけれど、あとが続いていません。
書くには書くだけの体力と、気力と、時間が、必要ですが、それがない。
ぼちぼちやるわ、ということで、ゆめにっきと並行して書いていきます。
きわどい官能小説になろうかと思うのですが、やってみないとわかりません。
ライブドアのブログでも、フィクションを書き始めていて、これはアダルトです。
気兼ねなく、ひと頃なら伏字のところ、伏字なしで使えるので、安心です。
写真では、陰毛はいいけれど性器が見えるのはダメです。
これもきわどいところですが、国内ではダメというところでしょう。
ネットは世界ですから、簡単に無修正サイトへも行けるんですけど。


LINEをみたら、既読になっていたので、びっくりしました。
ぐっと近くに戻ってきたみたいで、元に戻れないけど、会えるかも。
いろいろ、これまであったけど、忘れるにはまだまだ時間がかかる。
忘れるのに三年ぐらいはかかる、と申し上げたことがありました。
電車の中でした、覚えていますか、お会いしたいです。
ここに連載をはじめた「えろす物語」どうしようかなぁ。
やっぱり、ここで小説を書くのは無理な気がしています。
表現のブログで、小説を書き出したし、アダルトでも書き始めました。
それくらいで、めいっぱいなので、ここは「ゆめにっき」だけです。
元気が出てきて、また、書き始めたところです。


餃子の王将へは、四条大宮の第一号店へ、よく行きます。
餃子と主食になる一品とおかずになる一品、二人でいきます。
あまり外食はしない方だと思いますが、これは外食です。
金沢へ行った時も、最近は外食が多く、料理はあまりしなくなりました。
それよりなにより、齢とともに食べる量が少なくなってきています。
時代の流れに、最近、ついていけなくてもいいや、と思うようになっています。
自分のなかから描くイメージと言葉で、発信していけばいいや、と思うのです。
コロナ禍のこともあるので、写真展とかには、ほとんど行っていません。
孤立無援なんて言葉もありますが、そういうことでもないなぁ、と思っています。
あとどれくらいの時間があるのか、手放せるモノは手放そうと思っています。


冬に向かっていく季節、あわただしい気持ちになっています。
住んでいる家を孫に譲り、その手続きをしているところです。
持っているフレームに入っ写真、買ったものが主ですが、譲ります。
あと、また、書籍が、自分の作品群がのこっています。
アンナに譲る気持ちでしたが、もう、関係が途切れてしまった感です。


部屋の片隅に、もう四十年以上も前に購入したカメラとオーディオ、が鎮座しています。
古いなぁ、いまどき、これをもっていても、それでなんなの、と言われることでしょう。
古いものを大事にするほうだから、ゴミがいっぱいたまるというもんです。
ニコンF2、ニコンFM、ローライコードは他人が使っていたやつ、奥の奴は父が使ってた。
いずれもフィルムをいれるカメラだから、ぼくはもう記念品として飾っているだけです。


朝の目覚め、とても気分がすぐれませんでした。
結局、返信がこなかったから、そのことで虚しいからです。
ひところ遠くへいっていたのに、また身近にもどってきています。
どないしてるんやろな、そのことばかり、想像します。
たぶん、もう、おわりだとは思いますが、少しの希望も持っていますから。


20211213
すき家の牛丼、久しぶりに食べてみました。
税込みで350円、そうか、いま、牛丼、350円なのか。
安いといえば安い、目玉商品なのかもしれません。
これは、間食だったので、体重が500グラム増えていました。
ダイエットしてるのに、間食してしまって、反省しています。
食欲だけではないけれど、欲望というのは、押さえきれません。
食べる欲望、そりゃ迷っちゃいます、すき家の前で、悩みましたけど。
新しい店だったし、写真も撮りたかったし、誘惑に負けてしまいました。
支払いは、スマホ決済、バーコードを読み取ってもらって、支払い完了です。
カード支払い、スマホ支払い、だいぶん慣れました、現金支払いが鬱陶しい。


寒い朝でした、いよいよ冬、寒いのはやっぱり嫌です。
返信がこなかったから、やっぱり、もうおわりだと思うのがいい。
そう思うと、空しさとか淋しさとか、そういう感情がくぐもってきます。
気持的には、泣きたい気分です。
まだまだ巫女さんには、未練が残っているんですよね。
ええ、夢を見ます、うとうと眠っているんですが、夢を見ます。
巫女さんのお顔が、目のまえにちらついて、目をあけると、空想でした。
それでも、だいぶん、遠のいていってる感じです。
遠くへいったり、近くへきたり、まだまだ過去にはならないのが辛い。
いまごろ、どうしてるのかなぁ、いやいや、思ったらだめ、打ち消さなくちゃ。


街といっても勝手知ったるご近所です。
西陣という区域をぶらぶら歩いてスナップ写真、変わりゆく街。
2021年令和3年です、この半世紀以上を見てきた自分の目で記録します。
最近はスマートフォンのカメラで撮ることが増えました。
スマホは横長16対9、カメラは4対3、の画角で撮っています。
75歳になると、楽しいというより暗い気分になることが多いです。
写真を撮るという気楽さが、なんとか自分を支えている気がします。
死んだらそこでおしまい、それでいいと思うようにしています。
手元の持ち物を、部分、部分、ゴミに出したりして処分しています。
今日は、音楽家文字さんと、お昼ご飯を食べてそのあとお茶します。


今朝の京都は、雪が屋根に積もっていました。
窓をあけ、ようやく明けかけた外を見て、スマホを手にして、二枚、撮りました。
このへんでは初雪で、毎年、12月の今頃には、雪が降ります。
北陸方面には、警報が出るほど、雪が降り、風が吹きます。
いよいよ冬で、寒い日になりました。


寒い日、日曜日の夕方、憂鬱な気分です。
大阪北新地のビルで放火があり、24人の人が死亡されたとの報。
いたたましい事件だといえば、こんなこと、自爆テロじゃあるまいし。
亡くなられた方には、本当に、心より、哀悼の意を表します。
12月もあと二週間ほどです、大きな事件が起こらないよう、祈ります。