![]() ☆むくむくの話題☆
むくむく通信は新しい生活スタイルを創造していくための情報を収集し発信していきます。
いま私たちの生活環境を見回してみますとどうも一人ひとりの「こころ」が抑圧されているように
見受けます。
その原因がどこにあるのかは正確にはわかりませんが、このこころの抑圧感を開放の方に向
けていくことが必要ではないかと思っています。
このむくむく通信発刊の目的は、開放の方に向けるための仮説を立てていきます。
その仮説を検証していくための方法としての情報の選択と吟味をおこないながら日常の生活レ
ベルに置き換えていく作業をしていきます。
これは社会の動向を見きわめながらの作業となると思います。
よろしくお願いいたします。 2004.5.31 nakagawa shigeo
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記事1 トピックス
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ぼくはこの京都農塾の第二期塾生に申込みをいたしました。
☆5月28日から1泊の合宿がありました。
ぼくは都合で一日だけの参加となりましたが、現地、野菜ではキュウリ、トマト、ナス、ピーマ
ン等、里イモ、トウモロコシ、カボチャ、サツマイモ等の苗の植え付けや種まきと支柱立てをさ せていただきました。
☆2日目には手植えの田植えがおこなわれましたが、ぼくは体験できませんでした。
初心者むけのカリキュラムを心がけてだれでも参加できるように配慮されていました。でも
ね、農業就業(帰農)までを目的においた農塾であるように見受けました。
ここに生産者と消費者のネットワークの生成過程がみられます。
個人またはユニットがネットワークされることで出来上がってくる食料の生産と消費のローカ
ルシステムを綜合文化研究所が提唱し始めましたが、すでにここには具体的なネットワークが あるということなんですね。
☆6月12日(土)は田んぼの除草とはたけの雑草抜き。
ここでは、コシヒカリを有機無農薬栽培でおこなうお米つくりです。
もちろん野菜も有機無農薬栽培です。だから人手が要るんです。なんてったって手作りなんで
すからね^o^
ということで、この「むくむく通信」では、京都農塾の話題をこれからも掲載していきたいと思っ
ています。
記事2 アート評論
ぼくはこの10数年間をアートと呼ばれている領域で仕事をしてきました。
1992年10月に写真図書館を設立参加し館長を5年間務めてきました。
1994年4月から2年間は写真の専門学校におりましたし、
1996年から2002年7月まではIMIという芸術系大学院レベルの講座を擁する
研究所の創立メンバーに加わり6年間事務局長として運営してきました。
その経験のなかで培った知識とぼくのいま考えることの内容が大きく乖離してるように思ってい
るんです。
アートとはなにか?アーティストとはどのような人種であるべきなのか?など、
このようなことを考えていて、このむくむく通信では、ぼくの「アート」観を語っていきたいと思っ
ています。
経済体制に組み込まれて第二貨幣的役割を果たす作品を作り出すひとが、
アーチストだという判断基準があるとすれば、
まづこの仕組みの是非を考えていきたいと思います。
サーキットレースにも例えられるアート界というものを今一度吟味しながら、
これからの生活スタイルの編み出していくためのアートを探し出していくのが、
このコーナーの仕事かな〜と思っております。
人間が生きてる地球の規模で政治・経済・文化というものをとらえると、
これは一体のものとしてあることに気づきます。
文化領域には大きく消費者市場としての経済文化、
心の救済を求める宗教文化、
欲望の発露としての芸術文化があります。
この3つの文化圏が別々にあるのではなくて、
経済文化を中心としてその両サイドに宗教文化と芸術文化があるイメージです。
3つの文化圏は一体のものなのです。
つまり経済システムに組み込まれた芸術と宗教という見方ができます。
人間の充実感、幸福感という視点からみて、いまある経済システムでよいと思うなら、
何等思い悩むことが無いわけです。
でも実感をいいあてるとすれば、そんなんみんな思い悩んでるよ〜ということでしょ?
たしかに経済的安定を優先させていくこと(年金問題)で、こころの安定が求められるのかもし
れないですね。
でも、ぼくはこの図式は間違っていると思っています。
たしかに経済的安定というのは基本原理のように見えますが、
これは国家国民という基本形態を基礎においた発想ではないでしょうか?
国家国民経済の根本を安定させることで、
個々の人間がこころの領域まで豊かな幸福感に満たされるとは、どうしても思えないのです。
記事3 写真学校情報
(1)
通信制のあい写真学校が4月に開校しました。
当初の計画では通学制写真学校との並立で通信制写真学校を開校する予定でしたが、
諸般の理由で開校直前に通学制写真学校とリンクすることが出来ませんでした。
そこでやむなく通学制写真学校を創立させる必要に迫られて(笑)
2004年10月プレ開校、2005年4月開校の準備にはいりました。
ただいま通信と通学で学べる写真学校のカリキュラムを公開で作っているところです。
(2004.6.19現在)
(2)
インターネット環境の充実と携帯電話の普及にみられる通信システムの個人ニーズは飛躍的に伸びています。
数年前と比較してみても明らかなように、情報交換が通信ネットワークによって行われる機会が増大しています。
ことの是非はともかく、あきらかに社会のシステムが変わってきているのです。
この変化をとらえるなかで、教育の形態もこの変化に対応しようと思うことなのです。
しかしこのネットワークというのは徹底管理システムでもあります。
(徹底管理システムにどう対処するかは後問題です)
ぼくは教育を施すところの「学校」についての一種の思い入れがあります。
教育とは希望を語ることであり学校とは「希望を紡ぎだす」ところである、ということです。
なーんやみんなそう言ってるやん〜〜(笑)
そのとおりなんです。教育者と名乗る人たちはたいていそのような発言をしてます。
ぼくは教育者だとは思っていませんけれど、「希望を紡ぎだす」ということに徹底こだわるんです。
現実に公共の教育機関において実現してますか?
私立の教育機関において実現してますか?
ぼくは先のアート評論のところでも述べてますが、認定された学校っていうのは
経済システムに組み込まれた教育機関という枠から逃れられない宿命を負っているんです。
この枠の宿命というのは、なにかというと経済原理に基づくということなんです。
かんたんに言ってしまえば「金儲け」ということが最優先とはいわないけれど二番手くらいに位置してるよね。
問題はこのことなんです。
だからこの問題をどうして克服するかということがあります。
記事4 情報
むくむく通信社に関連する情報交換をしているグループのネットワークがあります。
2004.6月現在、つぎの5つのグループがあります。
あなたも関心のある分野、お気に入りのグループをみつけて登録しましょう。
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写真表現の方法を勉強するひとのためのメッセージボードです。写真というのは映像の原点です。映画もテレビもメ
ディアアートも、写真の誕生により発展系で生じてきたメディアです。いま、写真について多角的に見ることは現代生 活の文化側面を見ることに繋がっています。
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野菜やハーブを栽培したり、酵母を起してパンを焼いたり、読書をしたり、写真を撮ったり、野山を歩いて木の実を採
取したり、街の中の深〜い場所を探索したり、そしてお仕事をする。いま、あたらしい生活のスタイルを生み出そうとし ているあなたへ、自然に親しむ生活、芸術に親しむ生活、そんな生活を実践していきたい。mukumukuとは「無苦無 垢」、さあ、閉じた「こころ」を開けてあげて、生きていくひと集まれ!!
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読むこと&書くことの情報交換が目的のサークルです☆
小説・詩・写真と文章・文学評論などなんでもありです。 ★文章を書きたいって思ってる人、★文章を書いている人、
★小説家になりた〜い、★詩人になりた〜い、★評論家になりた〜い、★本を読む人になりた〜い、★写真をとりた 〜い、★いろんな人が集まって、自分の話題や、好きな本や、オススメの本について、一緒に語り合いましょう★
☆読書が好きな人、物書きになりたい人はぜひぜひ参加してください♪ 初心者と思ってるひと大歓迎ですよ、自分
の衣をぬぎすてたい!!って思ってるひと大歓迎ですよ!街にでてしまったひと書にもどろう!
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細分化された現代学問のジャンルを超えて、新しい人間のあり方を考えていきます。身体と心が一体となること。近
代の個人という概念をこえて、共有しあう人間共同体を綜合的に研究していきます。そのことを実現していくために 「綜合文化研究所」をつくりました。このサイトは、その情報交換の場として機能していきます。
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アートの中の写真、写真表現を学ぶ人が集まる「あい写真学校」と「写真ワークショップ京都」の情報交換サークルで
す。参加自由です。写真・映像のジャンルをどのようにとらえたらよいのでしょうね。そんなことを考えているひと、お気 軽に参加してください。
記事5 食と農の情報
(1)食の生産現場からの報告は、わたし中川繁夫の体験談を中心に掲載していきたいと思っています。
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nakagawa shigeo 2004.6.26
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