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最新更新日 2018.1.5
徒然にっき
中川繁夫:著

 徒然にっきblogに連載の文章

徒然にっき-7-

 25~35 2017.8.24~2016.12.30

   

-25-
徒然にっき、なんてタイトルは、どうみても日本的な気がします。
ここで日本的というと、国粋主義かと思ってしまうけど、そうではありません。
でも、トランプ氏がアメリカ主義なら、こちらは日本主義、とでもするか。
日本という枠組みにこだわってはいませんが、国家という単位があるから。
国家という単位を解消するなんてことは、いまは考えていません。
むしろそれは意識外のこととして、個人の内面にこだわりたいところです。
ところがこの内面というのも、大きな世界と向きあっているんですから。

個人を中心にして、そこから、世界を見渡す、という作業が必要かと思います。
個人の感情というか、幸福感とか充実感とか、そういう感覚を得ていこう。
全体と個人とか、けっこう大きな問題で、近代の個人は、これの葛藤でした。
いま、あらためて、この時代に、あるべき個人の人格を、捉えなおす。
難しいことはさておいて、どうするべきなのか、です。
2002年に「カフェ&プレス」という概念を構想したんですが、検証しています。
これから何をするのか、そのことを、自分のために明確にしていくためです。

おととい、京丹波町の西村さん多田さんを訪ねました。
情報センターの見学もさせていただきました。
ケーブルテレビ局で仕事をされていて、フォトハウス表現塾のメンバーです。
質美小学校のスペースで写真展ができないかの打診です。
実行するための、これから具体的な枠組みをつくるところですが。
前向きに、主体となってやっていけるようにと思っています。
また、また、打ち合わせしながら、具体化していこうと思います。

-26-
あんまり無理しないで気の向くままにできることをやろう。
こうしてじっとしてあたりを見回してみると、だれがいるんだろう。
ほんの数人の方が、気持ちの上でも、ぼくを支えてくれています。
これまで奉仕してきた様々な処で、ぼくは遠い存在になっています。
ひとえにこれはぼくの資質に拠るものだと思えてきます。
けっこう正義感は強い方だと思います。
なにに対しての正義感かといえば、理想をダメにする勢力に対してです。

理想を求めて、自分の思う理想を追求していくことです。
これまで、妥協することばかりだったから、今を招いているんです。
自分を主張して、だました奴らにやり返していく、でもこれは孤立です。
雨の音が窓辺にしてきて、雨が強くなってきたようです。
いま、何ができるか、自分が正義と思えることを、手掛けていく。
なんだかんだといっても、自分が信じる道しか進めないのです。
いっぱいだまされてきて、いっぱい損をして、でもそれがわかって正解です。

そもそも、なぜ表現塾なるものを、作ろうとしているのか。
べつにあってもなかっても、世の中ほぼ全く変わらないと思われます。
その種の学びの場は、あっちこっちにあるように思えます。
ぼくが思うのは、表現塾は共同体のひとつです。
人と人のネットワークを、幸福が感じられるレベルで集えること。
一言で、反グローバリズムと言えますが、その内容はどういうことなのか。
このことの議論が必要だし、なにより生きていくことへの確実性を得たい。

-27-
秋、今日は学区の運動会、朝から開会式に出席してきました。
地域のことに、若いころは無関心でしたが、年とるにつれ、そうではなくなってきました。
とはいっても進んで町役員をするとか、そこまでには至っていません。
何かに生きがいをみつける、そういうことで地域の人たちが役をされている。
ぼくには、地域ではない、もう少し広い領域で、アートに関して、でしょうか。
特別に、写真にこだわってはいないけど、結局は写真の枠組みです。
これは、経験によって、その内容の深部までがわかるから、といえます。

ほかのジャンルには、こだわっていても、評論できるほど知識がないですね。
文学なら小説のこと、古典なんかはわからない、漢詩なんてわからない。
俳句も、短歌も、どうしたらいいのかわからない、素人状態です。
知りたいと思う、だから、学ぶ場をつくって、そこで学びたいと思うのです。
既存の学び場があると言われれば、そうなのですが、はいれこめない。
自分で枠をつくる、そこで自分が満足していくものを得たい、その感覚です。
フォトハウス表現塾という名称の学びの場をつくろうとしています。

それぞれが自分のいる場所、自分が満足する場所を見つける。
その入り口を提供したいと考えているのです。
なんらかの生産に携わり、ほかの人と交流を深めていく、そのことです。
大きくは、反グローバル化、個性を重んじ、個人の生き方を尊重する。
自立といえばよろしいか、自分を見つめ満足するように作り上げる。
そのプロセスを、どうすれば確保できるか、その実践場としての表現塾かなぁ。
語れば語るほど、わけがわからなくなってくる感じで、気持ちは、虚しいです。

-28-
近くで工事をしているんでしょうね、ドリルの音が耳障り、騒音ですね。
アイチューンで、これは何だろう、シューベルトのピアノの曲ですね。
ドリルの音にかき消されてしまう感じで、ドリルが止まるとホッとします。
道路のアスファルトを割っているんでしょうかね、そんな音です。
いら立ってもしかたがないけれど、けっこういら立ってきます。
文章を書くのに、いちばん頭が冴えている時間だから、です。
一日のうち、頭が冴えている時間って、午前中の3時間ほどです。

いら立っているのは、工事の音だけではなくて、ほかにもいろいろ。
こんなときこそ、落ち着いて、落ち着いて、と言い聞かせてやらないと。
もうメールおかえしすることはないとおもいます、朝、こんな句が目に入った。
もう二年も前のメールのなかの一部分ですが、心がぞっと冷めた感じでした。
辞めてもう一年が経って、ようやく次の形が出来てきたところだと思います。
あなたにも必要なことだと思うのが、牽引となって、進めてきています。
でも、もう、お知らせすることも、やめておいた方がいいのでしょうか。

これまでにも何度か大きな区切りをつけてきました。
新しいところへ旅立つときには、未練に憑きまとわれて、後ろ髪引かれます。
時間の経過で、過去へと追いやってくれるまで、やっぱり三年が必要ですね。
自分で、何してるんだろう、とまるで狐に抓まれた感覚で、わけわからない。
七十年というけれど、その年月が過ぎてしまって、残すは十年あるかなしか。
そう思うと、いらだちはひときわ、一刻たりとも無駄にはできないと思うんです。
目の前にある「孤立無援の思想高橋和巳全エッセイ集」という単行本に目がいきます。

-29-
昨日も今日も雨、台風が近づいてきているというのです。
衆議院選挙、投票に行ってきました。
誰に、何党にいれたかは公表しませんが、投票しました。
じつは還暦の歳まで、選挙にはいきませんでした。
選挙にいくことは、今ある国を容認することだとの思いから。
でも、年金もらうようになって、国家があって自分があることを実感。
体制内で、どこまでいっても体制の内側にいることを自覚したわけ。

雨が降っているけれど、気持ち的にはおだやか、晴れの日みたい。
いやな気分になることはもういいです、好きなことだけ、やろう。
表現塾がスタートしたことで、肩の荷がおりた感じがします。
ひとりだけの出発から、ひとり、ふたり、賛同者がふえています。
感謝の気持ちと、嬉しい気持ちで、その方たちには、お礼をいいます。
あれから二年、あれから一年、できましたよ、ひとまずスタートです。
あなたはもういないけど、知らせようかとも思うけど、やめときます。

ぼくにだって自負心もあれば自尊心もあります。
負けてたまるか、という闘争心もあります。
この歳になって、まだ若僧のごとく、隠居しないで第一線を死守です。
まあ、みじめな気持ちをいっぱい味わってきたから、それへの仕返しです。
まだまだ始まったばかりですけど、人生はずんずん終わっていくんです。
もうこの先がない、あとどれだけ、やり直すことなんてできない処です。
でも、いま、ほんとに、安堵の気持ちです。

-30- 2017.10.30
おととい、土曜日、表現塾の撮影実習で撮影にでかけました。
当初、奈良方面へ行く予定でしたけれど、雨のため、場所を変更です。
大阪は、黒門市場へ、撮影できる場所として、選びました。
黒門市場へいくのは、今回で二回目です。
大阪を撮る、というテーマを再開しようかと思っていたところです。
でも、なかなか、足が重くて、とくにこの秋以降ですが、取材できていません。
そういうこともあって、表現塾の写真に撮影実習を定例化しようと思うのです。

なんとなく関西写真シーンの歴史を引き継ぐなかで表現塾を捉えたい。
このように思って、その精神性みたいなものを求めて、いこうとも思う。
ぼくの出身、基本がカメラクラブだから、そこへの回帰といえるかも。
ざっくり、今の関西の現状をみても、形や内容が変わった感じだけど同じ。
同じというのは、クラブ組織ではない形で若いカメラ愛好者が集合している。
もちろん、これまでと同じように、カメラクラブが、数多くある現状です。
ぼくの考え方も変わってきて、軸足をグループ化に置こうとしている。

なんだかんだと言っているけれど、セクト化じゃないのか、と思います。
このセクト化を避けるために、と思っていた自分が、組織化に向かっています。
先輩の大八木さんと撮影に出かけて、これを定例化していこうとのこと。
フォトハウス表現塾、そのなかの倶楽部を組織しよう、結局、これです。
それも、これも、自分の集大成としても、出発点に戻る、原点回帰、かな。
いま、まったくのフリーの立場、失ったものも多いけど、いまから出発でよい。
東松照明さんを持ち出しているけれど、あんまり利用したら、いけませんね。

-31-
京都では70歳を越えた老人は市バスと地下鉄がほぼロハで乗れる。
そういう恩恵を受けて、バスを乗り継ぎ、地下鉄を乗り、して時間を過ごす。
たまたま二条城の前に来たので、降りて入場券売り場のところへ行った。
ロハで入場できると聞いたような気がするので見ると無料入場できる。
何年かぶりで二条城へ入った。
大政奉還から150年にあたるというのでイベントをしているのか。
建物の内部は撮影禁止、ふすま絵などはレプリカ、そういうことだ。

京都にいると、神社仏閣、四季折々の風物があり、写真の被写体になる。
京都に生まれ育ったんだから、京都をテーマに写真をとってやろうと、思った。
生まれ育った地元だから、でも、たまたまそれが京都であった、なんて。
実の処、京都にいるといっても、狭い範囲で生活圏があるわけです。
ぼくは北野天満宮、金閣寺、千本えんま堂、その界隈が生活の場でした。
京都を撮るといっても、記憶に残る幼少のころを追憶していく感じです。
たまたま京都であって、たぶん、観光京都の写真ではない。

京都を撮ったカメラマン、写真家さんはたくさんいらっしゃいます。
京都に住んでいるカメラマンさん、商売用に観光京都写真を作っています。
伝統的に、といっても写真の歴史なんてしれてるなかでの、伝統的作画です。
なあんだ、日本画のなかに描かれる京都の風物が、そのまま写真じゃないか。
そう感じたのが写真をはじめて数年経った頃でした。
絵画と対抗して、絵画を超える京都イメージを作ろうと、していたところです。
女子シリーズは、まさに、絵画を超えようとして生じてきた絵(写真)でした。

-32-
紅葉の画像を貼り付けたけれど、貼り付けた画像は見えないままです。
このブログは、かなり前に作ったブログで、思い出深いブログです。
写真集、アルバムの作っているし、捨てがたいブログです。
なので、けっこう素直な気持ちで、本音的な文章を書いて、残しています。
随筆なんてほどに、文章を洗練させていなくて、書き捨てというところです。
読んでもらうには、パソコンではだめだ、やっぱり書籍にしないと、という。
それは書籍にしたいけど、金もないし、編集ソフトが扱えないしなぁ、です。

書籍にするのも、近年は廉価で、少部数発行で、できるようになりました。
写真集は、何度も手掛けていて、ヨドバシのプリントブースで作る事ができる。
やっぱり文章が中心の本を作りたいと思うけど、そこまで、なかなかいかない。
いきおい、ネットで、ホームページに載せるところ、そこまでしかできない。
ガリ版刷り、活版から、タイプ打ち、ワープロ文字、印刷の体験をしてきました。
そういうことでいうと、いまは、個人で出版が、簡単にできる時代です。
自分を表現するツールが、格段に使いやすくなっていると思うのです。

本音、ぼくもたいした文章を書いているわけではなく、作家なんて言えない。
ただ、文章を書くことに興味を持った18歳から半世紀、50年以上がたちます。
なにを書くのか、そのなかみのこと、何が書かれているのか、そのなかみ。
技術の話ではなくて、内容の話です。
その内容じたいが、自分よがりなばかりで、客観性を伴わない、のかも。
なにを、どのように、いつも思って、行為するところですが、うまく機能しない。
落胆、失意の日々です。

-33-
フォトハウス表現研究所、フォトハウス表現塾。
表現塾には絵画、写真、映像、音楽、文章、五ジャンルの研究。
それらを統合して、文化としての枠組みを考える。
いくら文章で書いたり話したりしていても仕方がない。
それらをいかにして形にしていくかというのが問われるわけです。
たいしたことなんてできないけれど、その枠で提案だけはできる。
それらをだれかが興味を持ってくれて、共同作業になればいい。

ひとりよがりなんでしょうね、やりかたもまずい、ひとりでやっちゃう。
悪循環です、ひとりでやるしかないと思ってやるから共同にならない。
ぐるぐるまわりの悪循環を繰り返しているんでしょうね。
つぶれていくのは、結局、みずからつぶしていく方へ向けてる。
いつものパターンで、学習してるのに、その過ちをいつも冒してしまう。
否定的なことばかり連ねていても、これも公の文章ですから、注意です。
いくつもの場をつくり、いくつもの場にいてきて、ふたたび場をつくろうと。

もうこの歳になって、自分を置く拠りどころとなるベースが、ありません。
安定的に支える枠組みがない、といえばイメージできるでしょうか。
いつも宙ぶらりん、ふわふわ、雲の上にいるような、そんな感覚。
地に足をつけて、ぼくは京都西陣の場末に生まれて生きるひとりの男。
そうしてその場末に身を滅ぼしていくひとりの男にすぎない。
その男が残すもの、死んでしまえば霧散してしまう、そういうことです。
人間の存在って、そんなものでしょうかね、ぼくは何を残していけるのか。

-34-
11月23日に撮った写真がコンパクトデジカメで撮った最後です。
いつも持ち歩いているけれど、スマホで撮ることで、済ませているなぁ。
スマホでインスタグラムに載せる、そこからアメバ、ツイッター、フェースブック。
最新の発信ツールを使っているといえば、年の割にはかっこいいけど。
でも、フェースブックで、いいね、なんてほとんどこない、でも感謝です。
みて、いいねしてくれるひとがいて、なんだかとってもうれしいきもち。
いいねをねらって、それだけのもん、なんてけなしはしませんよ。

ネット上で、スマホのカメラで撮った画像が、いくつかに拡散できます。
SNSは、インスタグラム⇒ツイッター⇒フェースブック、と連動していきます。
ぼくは、この流れをつかって、自己表現していきます。
でも、反応が少ないということは、条件を満たしていないということじゃないか。
なにもかもが不発に終わる今年の流れで、しょんぼりしていますけど。
京都写真クラブに所属させてもらうことを申し出ました。
帰属意識って大事なことですよね、家族への帰属、組織への帰属。

ぼくなんぞは、どこへもすんなりと、はまり込んでこなかった人でした。
仕事は郵便局でしたけど、不本意なことで、それ以降、転々としています。
組織に入って光影会、それから写真をメインにやってきて、いま、空転してる。
フォトハウス表現塾を立ち上げたところですが、ここで打ち止め終了、かな。
まけてたまるか、この気持ちだけで、やってきたけれど、もういいですよね。
今年は、この徒然にっき、最後になるかも、来春からタイトル変えます。
どんなタイトルにするかは、決めていませんが、日常か日記ですね。

-35-
2017年の12月30日です。
今年、自分のまわりに、なにがあったのか、を振り返る。
毎年恒例になっている反省と来年への展望、というところです。
成果もあれば、じくちたる思いを抱いたこともたびたびでした。
だれかのせいにするのは簡単ですが、それは空しいからやらない。
自分の、何が、いたらなかったのか、ということが必要な事。
時代に即していない、理解されない、独断と偏見に満ちている。
思うこと多々あるけれど、だからと言ってどうしようもない。

いちおう年の区切りとして、このブログにいますが、どうしようかな。
アルバムが無くなるみたいだし、ブログの人気もどうなのか、です。
ここはビッグローブで、ネットにつなぐところで世話になっている会社。
ここでは、かなり本音的に、まとまった文を書いてきたところです。
どこか、乗り換えるほうが、いいのかも知れない、と思ったり。
長年、やってきたブログだから、記事を書くのを減らす程度かと。
時代に即応するブログではないな、そのように思えます。

フォトハウス表現研究所、これがぼくの今年のキーワードです。
紆余曲折して、フォトハウス表現塾を創ろうとしているところです。
起業としては、お金を排除する方向だから、人気ないな。
お金が動くところに、ご利益求めて人が集まる、ここはそうではない。
独りぼっちの淋しさを癒す場として、人が集まる場をつくろうというもの。
来年は、静かにしていて、なるようになることを見守ろうか、とも思う。
失意の一年だったと思うから、来年72才、まわり年です。